江戸時代の日本と日本人~次の50年を考えるために

鈴木一義(国立科学博物館 科学技術史グループ グループ長)

海外で日本の「モノづくり」が紹介されるとき、かつての「Made in Japan」ではなく、日本語を直接的にそのまま表記する記事を見るようになった。KAIZEN(改善)とかKANBAN(かんばん)と同じように、もっと広い分野で、日本発で日本独自の「モノづくり」が、世界的に認められつつあるということであろう。しかし「MONODZUKURI」とは一体どのようなものだろうか。「わび」とか「さび」と同様に、日本人であれば何となく理解し、通じ合えている事柄であるが、いざ説明しようとすれば、言葉に窮してしまうのではないだろうか。MOTTAINAI(もったいない)という言葉も、海外の人によって気づかされた高度成長や大量生産大量消費(大量廃棄)社会の中で、忘れていた日本の古くからの風習を示す。そして改善も、かんばんも、実はある意味、もったいないの実践である。モノづくりの本質とは、表層的には見えなくなったもったいないのような、日本人にとって当たり前のこと、無意識の中に潜んでいると思われる。その無意識に潜むモノづくりとは、日本という風土と、200年を超える平和な江戸という時代が生み出した文化だと考えている。

経済や科学、技術に限らず、あらゆる分野で否応なしにグローバル化が進む。グローバルに席巻されるローカル(地域・民族)。19世紀、この構図が顕著になり始めた欧米で生まれた概念が「文化」である。青銅器文明や鉄器文明のように普遍的な価値を持つ「文明」に対し、文化は地域や民族固有の風土や事物、思想からなる農業(Agriculture)を語源に持つ。この文明と文化をどう調和させていくか?この課題に直面した我が国先人の答えが「和魂漢才」である。「和魂漢才」を最初に唱えたのは、菅原道真だと言う。平安時代は、大陸から学び、知識人や技術者を招いて文化を吸収しつつ、日本固有の国風、たとえば仮名文字のような独自の文字体系を生み出した時代である。本居宣長が「もののあわれ」と表現した、儚く変化する自然や物の移ろいに我々の心が共感し一体化していく、という概念も同時代に育まれた。他である「もの」を想う心は、例えば茶道の基本である「気遣い」や「気配り」のような日本的美意識や価値観を育み、江戸時代庶民にまで広がった。それは今、日本の得意とする「ユニバーサルデザイン」の源流であろう。だれもが他を想えるからこそ、「針供養」のように命を持たない道具や器物まで、大切に扱い、感謝の念を持って接してきたが故に、「もったいない」も生まれ、日本的なモノづくりも育まれたのである。

日本の建築技術の粋を集め、世界一の高さを誇るスカイツリーが作られたが、法隆寺には世界最古の五重塔が千年を超える長い期間、地震や風雪に耐えて立ち続けている。漢才である中国伝来の建造技術は、地震の多い日本で独自に、和魂を以て発展した。中国や西洋が、石や煉瓦を用いた「剛構造」の建造物を発展させたのに対し、日本は木造の「柔構造」建造物を選択した。それは技術の本質が、対象となる地域や人、風土に合わせるものであれば当然のことだ。その風土に根付いた和魂の発想と技術が、今に続く日本の建造物に受け継がれている。

また電熱器が欧米から導入された時、日本人の食文化は米を炊くために、電気炊飯器を生み出した。今、炊飯器は世界に輸出され、各国で新たな食文化を生んでいる。パソコンのCPUは日本人の発想だが、それはソロバンの代わりになる計算機用だった。ソロバン文化が今日のパソコンを生んだ。ウイスキーは、大正末期から製造を始めた日本が、世界五大産地の一つに数えられている。他はアイルランド、スコットランド、アメリカ、カナダ。日本は、英国もしくはその移民者によらない唯一の国であり、その味わいは世界的な評価も高い。文化を纏ったモノづくりは、相手や対象を自分たちなりに理解し、相手も驚くほどに仕上げる。

その日本独自のモノづくりの形を柳宗悦は「用の美」と呼んだ。日常にありふれたモノづくり(技)に潜む美である。西洋でも「アート」は技と美の両方を語源に持つが、それは神や支配者に対して作られた物を指す。江戸時代、技術を一部の人々のみが独占し利用した戦国時代が終わり、それまで鉄炮を作っていた職人や匠の技は、広く社会や生活に鋤や鍬となって使われた。また各藩はお互いに競い合いつつも、幕府の存在により、相手を支配、吸収することはできないため、「ナンバーワン」ではなく、他と異なる「オンリーワン」を目指した。近代から現代まで、日本では家電や自動車のような大衆商品を特定の一社が独占的に製造することが少なく、同種企業により微妙な違いを持つ商品が多数存在して切磋琢磨が行われてきた事実も、このような独特の文化・風土を持つ日本社会の連続性から納得できよう。競争しつつ、共存をはかろうとするモノづくりへの考え方は、企業の利潤や規模拡大の追求よりも、人のため、地域のため、社会のため、という日本のモノづくりの基本的な部分に大きな影響を及ぼしていると思う。

日本という国が、アジアの中で真っ先に工業化を達成し、世界第2位の経済大国にまでなった理由は、実は我々にとって、あまりに当たり前の、無意識の、ありふれた文化や風土、社会、人の中にあったということを、より明確に意識することが、これまで以上に重要な意味を持つ時代かと思う。次の50年を考えるうえで、連綿と受け継がれている文化を失ってはならない。それを絶やしてはならないと思う。

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